にかの折りにふと思ったのですが、「あなた」と呼ばれるといい気分しません。

不特定多数向けのアンケートやDMにある「あなたの年齢をお答え下さい」では、そんなことない。
「わたし」という個人を知った上で呼ばれる、「あなた」です。

日常生活で「あなた」と呼ばれる機会は、ぐっと減っていると思います。
日本語の二人称代名詞って特殊で、相手との関係性を理解した上で使わないと自分が思ってない意図で解釈されてしまう。相手は普通に呼びかけたつもりでも、受け手はカチンとくることがある。
ここにあるイラストは、まさにそのシーンを再現しています。
http://bizkeigo.koakishiki.com/settai/scene-5.html

・上から目線
・上司から目下への呼びかけ
と書かれています。

「あなた」に対して不快な印象を持っているのは、上司から別室に呼び出されて、何か言いにくいことを問い質されるときだけに使われる二人称代名詞だったからです。
普段は「○○さん」なのに、突然改まって「あなた」とか「きみ」と言い出すんですよ。
ほんの一・二度程度の経験ですが、このやりとりが芝居がかって感じられ、以降上司への見方も変わったのです。

■「嫌な呼びかけ」1位は……!? あなたはなんて呼びかけられたら嫌?
http://news.nicovideo.jp/watch/nw1665835

「おい」「お前」「あんた」
気分悪ーい。
相手が誰であってもこんな呼びかけされたら、下の下を見る目つきで振り返りそう。

20歳そこそこの時、同級生の友達が「○○に“あんた”って言われたー!! キー!!」と怒りまくっていたのを思い出します。
これも同じく感じられるのは、上から目線の見下し力だと思う。
しかし、「上から目線」というのはここ最近の言葉なんです。 

●三冊の書籍から


冷泉彰彦氏の著作、日本の空気感と日本語について書かれています。



氏のニューズウィークコラムを購読しています。

海外から発信される日本人の情報で、新聞記者じゃない人が発している文章、それでいてわかりやすい文章ってなかなかないのです。

アメリカで日本語を教えられているだけあり、日本在住の人がもう書けないような正しい言葉遣いをされている。
さらにこのあと読んだ泉谷閑示先生の著作です。


単に文字が3種類あるという以外の日本語の難しさを日本人が知らなすぎること、そしてその弊害の大きさに怖くなりました。

『「私」を生きるための言葉―日本語と個人主義』 には、先生が患者さんに「あなた」と呼びかけたところ、立腹されたというエピソードが出てきます。
あっと思いました。
このあと、日本語には目上の人に使う二人称代名詞がないと続きます。
 
「~さん」「~先生」「~部長」は相手の名前は社会的地位の名称であり、二人称代名詞じゃないのです。名前がわからないときに呼びかける術がありません。あれ? と思いますよね。
ではどうしているのかというと、使っていないんです。

二人称主語を使わずに言い回ししている方が多い。それどころか一人称主語も立てない方が多い。つまり日本語って、主語を使わなくても成り立つ。てことは、日本語には人称代名詞というものが存在しているのか。それが冒頭です。
『「私」を生きるための言葉―日本語と個人主義』
『「私」を生きるための言葉―日本語と個人主義』
P17~18の表。
日本語と英語の違い。
日本語には「自己」がないため、いざ「わたし」を生きようとすると支障が出てくる。

この本でおもしろかったのは、クライアントさんに好きな本を問うと、村上春樹著作がよくあがるそうです。
彼の文体にはある特徴があり、「世間」に違和感を抱き一人称に目覚めた世代に強く響くのだと。
特徴部分について初めて知ったので、そこを留意して改めて読んでみたくなりました。

あとがきに「日本の精神風土の神経症性」という言葉が出てきます。
これは「普通がいいという病」にも出てきていますが、いまの日本を表わす的確な表現です。インターネット以前もこのような風土はありましたが、ネットでより拍車がかかり、スピードが速くなっていて研究が追いつかず、書籍化されるころにはすでに次の流れになっています。

でも、過去にあったことを知ることで、いまが理解できます。書籍がどんどん減っている中、研究がこのような形でまとめられるのはいつまでなのか。読了後そんなことも思いました。

●失われつつある敬語としてのあなた


「あなた」という呼びかけが不快じゃない人がいます。
「徹子の部屋」で黒柳徹子さんはとても品のある話し方をされています。
アナウンサーかつ、育ちなのかな。

あと書写教室の先生でも、
「あなたの字はとっても伸びやかでいらっしゃいますね」
という言葉遣いをされる方がいます。

両者に共通するのは、自分のことを「わたくし」「あたくし」と称している。
「あなた」に釣り合う一人称を使うことで、不快にさせない。
そして、「わたくし」という一人称は、中身の伴わない人が使っても上滑りに終わるだけです。言葉のコスプレ。 これは「あなた」にも通じると思います。
他人軸ではなく自分軸で生き、そのことを自負している人が使ってこそ生きる人称。そんな気がする。


■8人に1人が苦しんでいる!「うつ」にまつわる24の誤解 泉谷閑示

この連載がまとめられたものが、『「普通がいい」という病』 です。