なぜ体温が上がったのか。
よく尋ねられますが、わたしは高熱が続いていろんな機能がリセットされたんじゃないかと勝手に解釈しています。
美容院の担当さんは
「その体温が上がったメカニズムがわかれば、本出せるで。
ぼくのお客さんで生姜を紅茶に入れてやっと体温上がった人いるけど、
やめたら元に戻るかも知れないからやめられないって言ってるよ」
っていってた。そして
「熱がほどほどに上がる程度に、なんかゆる~い効果のウィルスみたいなんがおるんちゃうか(笑)」
あ、その説おもしろい。
ダイエットのためにお腹に虫いれるっていうのあったよね、あんな感じかな。
だとしたらわたしはそのウィルスとの共存を望みますよ。
むしろ、こんなあたたかい世界を見せてくれてありがとうとお礼を言いたいほどです。
冷え性の原因はいろいろ言われているし、対策もほんとにいろいろあります。
でも今回のバストアップから、あたたかさを実感した件をこうしてまとめるにあたり、28日の夜ふとんに入った時、帰着点までどう運ぶかを考えていた時、ふと浮かびました。
【わたし、自分の体が嫌いだったから、冷えていたのかも】
わたしが自分の体で辛うじてチャームポイントだと思えるようになったのは、首と頭蓋骨です。
人よりちょっと長くて細い首、人よりちょっと小さな頭。
いずれも共通点は、自分の目で見えないところです。
それゆえ人から褒められて、どうにか近年チャームポイントかもと思えるようになったところで、それ以外の目に見えるところは、バストもお尻も太股も脹ら脛も、どこも好きじゃなかった。
わたしは誰かに直接「嫌い」とか「胸が小さい」とか言われたことはないです。
でも、ひどい言葉を浴びせられたり態度をとられたことはあります。
その時怒りでがーっと熱くなるけれど、体は凍り付いたように動かない。
マイナスの感情は体を冷やすのだとしたら、わたしの体は一番の味方であるわたしから嫌われ続けていたのだとすると。
そら冷えるでしょう。
バストが変わって体を見るのが楽しくなって、出かけなくてもちゃんとブラをつけるようになって、今まで着れなかったお洋服が着れるようになって、いろんな新しい発見ばかりでずっと楽しい。
最初にバストアップにこだわるのは男性がいるからだと書きましたが、いまのわたしにはそんなことはどうでもよく、ただ、自分の体がとても好きになったのです。
なにをやってもきちんと反応が返ってくる体が好きなのです。
“リセット”という言葉を最初に書いています。
菊池病だとわかるまで、原因も対処法もわからず寝てるだけの時間が恐ろしく長く感じました。
ずっとこのまま、発熱と解熱剤の服用を繰り返すのかと。
なにも考えられなくなり、このままどうなるんだろうという漠然とした沼地を眺めていた時間を体験したあと、わたしはとにかく“生きる”ということだけに専念しました。
全部そぎ落としてただ生きるだけっていうのは、能動的になかなかできないと思います。
病気が強制的なリセット効果を発動したんだとしたら。
その上でわたしにあたたかい世界を見せてくれたのならば、からだはなんとよくできているものなのか、どこまでも心<わたしの願い>のために応えてくれるものなのだと、思わずにいられないのです。
スポーツ選手でもないし、不治の難病でもない、ただの人のわたしです。
でもこの一年はこれまでのように
「ああ、一年楽しかった~幸せだった~」
というレベルではない、とても大きな“体験”としか表現のできない一年でした。
これまでしてきたことは、ここへ至る杖だったのでしょう。
わたしは最初から全部カードを持っていたのに、見えていなかっただけでした。
遠藤周作氏の著作「自分づくり」に、よい言葉がありました。(文庫版P186より)
わたしにとっては、プラスだらけの菊池病体験でした。
よく尋ねられますが、わたしは高熱が続いていろんな機能がリセットされたんじゃないかと勝手に解釈しています。
美容院の担当さんは
「その体温が上がったメカニズムがわかれば、本出せるで。
ぼくのお客さんで生姜を紅茶に入れてやっと体温上がった人いるけど、
やめたら元に戻るかも知れないからやめられないって言ってるよ」
っていってた。そして
「熱がほどほどに上がる程度に、なんかゆる~い効果のウィルスみたいなんがおるんちゃうか(笑)」
あ、その説おもしろい。
ダイエットのためにお腹に虫いれるっていうのあったよね、あんな感じかな。
だとしたらわたしはそのウィルスとの共存を望みますよ。
むしろ、こんなあたたかい世界を見せてくれてありがとうとお礼を言いたいほどです。
冷え性の原因はいろいろ言われているし、対策もほんとにいろいろあります。
でも今回のバストアップから、あたたかさを実感した件をこうしてまとめるにあたり、28日の夜ふとんに入った時、帰着点までどう運ぶかを考えていた時、ふと浮かびました。
【わたし、自分の体が嫌いだったから、冷えていたのかも】
わたしが自分の体で辛うじてチャームポイントだと思えるようになったのは、首と頭蓋骨です。
人よりちょっと長くて細い首、人よりちょっと小さな頭。
いずれも共通点は、自分の目で見えないところです。
それゆえ人から褒められて、どうにか近年チャームポイントかもと思えるようになったところで、それ以外の目に見えるところは、バストもお尻も太股も脹ら脛も、どこも好きじゃなかった。
わたしは誰かに直接「嫌い」とか「胸が小さい」とか言われたことはないです。
でも、ひどい言葉を浴びせられたり態度をとられたことはあります。
その時怒りでがーっと熱くなるけれど、体は凍り付いたように動かない。
マイナスの感情は体を冷やすのだとしたら、わたしの体は一番の味方であるわたしから嫌われ続けていたのだとすると。
そら冷えるでしょう。
バストが変わって体を見るのが楽しくなって、出かけなくてもちゃんとブラをつけるようになって、今まで着れなかったお洋服が着れるようになって、いろんな新しい発見ばかりでずっと楽しい。
最初にバストアップにこだわるのは男性がいるからだと書きましたが、いまのわたしにはそんなことはどうでもよく、ただ、自分の体がとても好きになったのです。
なにをやってもきちんと反応が返ってくる体が好きなのです。
“リセット”という言葉を最初に書いています。
菊池病だとわかるまで、原因も対処法もわからず寝てるだけの時間が恐ろしく長く感じました。
ずっとこのまま、発熱と解熱剤の服用を繰り返すのかと。
なにも考えられなくなり、このままどうなるんだろうという漠然とした沼地を眺めていた時間を体験したあと、わたしはとにかく“生きる”ということだけに専念しました。
全部そぎ落としてただ生きるだけっていうのは、能動的になかなかできないと思います。
病気が強制的なリセット効果を発動したんだとしたら。
その上でわたしにあたたかい世界を見せてくれたのならば、からだはなんとよくできているものなのか、どこまでも心<わたしの願い>のために応えてくれるものなのだと、思わずにいられないのです。
スポーツ選手でもないし、不治の難病でもない、ただの人のわたしです。
でもこの一年はこれまでのように
「ああ、一年楽しかった~幸せだった~」
というレベルではない、とても大きな“体験”としか表現のできない一年でした。
これまでしてきたことは、ここへ至る杖だったのでしょう。
わたしは最初から全部カードを持っていたのに、見えていなかっただけでした。
遠藤周作氏の著作「自分づくり」に、よい言葉がありました。(文庫版P186より)
病気によって寝込んだり「生活上はマイナス」になる。
しかしその体験から見えたこと考えたことを小説に書いた。
生活におけるマイナスが、人生においてのプラスになった。
わたしにとっては、プラスだらけの菊池病体験でした。