たしはずっと自分の“幸せ”がわからなかった。
新月のおまじないって知ってますかね。
新月に自分の願いを書き記すあれです。
2008年12月から2011年2月までずっと続けていました。

書く事がなかなか浮かばなくて、自分に原因があると思っていた。
でももう書いてないです。
願いが叶ったからとか叶わなかったからではなく、どうでもよくなったから。
願いの内容を読み返すと人に指摘された改善点を書いたり、その時の自分がこだわっていたことなどです。

『これ、ほんとに叶えたい願いなのかな』(指摘された改善点に自覚がない)
『これがどうにかなれば、わたしは幸せなのかな』

最初は楽しかったけど、こういうことを感じておまじないはやめたんでしょう。
スピリチュアル(おまじないやパワーストーン、成功術なども含む)はただの道具(ツール)であって、自分を幸せにするものではない。
それをすれば幸せになれる、そんなものはないのです。
道具はただ自分を導いてくれるだけなのです。
道具の教えてくれる回答は読むだけでいいからとても楽だけど、それは依存するものではなく、自分に備わった感覚を気づかせてくれる道具でしかない。
ずっとしてきたことは、この感覚を取り戻すためだったと思います。

田舎はものも全然無いし、はっきり言って食料難民になったけど、
ただそこに在る=生きる
それだけでほんとは幸せなんだと、わたしは思いました。
運動しなくっちゃとか、教わったことを実行しなくっちゃとか、そんなことしなくても満たされていたら、知識も物質もとりたてて必要がない。
そのままでいいんです。

自分が満たされる土地があるのは、嬉しいです。
いきなり長野に永住するとか、田舎暮らしがしたいわけではないです。
でも、なにもしなくても腰痛や冷え性といったものから解放された健康面だけでなく、足元からゆっくり浸されるような充足感は忘れない。

大阪に戻って、旅行前より元気だけど、体調がったがたです。
まず、ちょっとした暴食気味になり、2日間胃が痛かったです。
3日目の朝に『これはいかん』とおかゆに切り替え、落ち着きました。
旅行中は宿の朝食以外野菜が多くて「なんちゃってナチュラル・ハイジーン」だったんですよ。
戸狩では問題なかったけど、大阪に戻ってから反動がきつかったです。
ああいう食事の仕方は、土地と全部ひっくるめて取り組むのがベストだと思う。

戻ってから足の付け根の痛みが増し、左腕の痛みが再発っていうのもあります。
これは、だらだらPCいじりが原因。(日記書くのとは別の時間を浪費している)
なんでPCをいじってしまうのかというと、それは、満たされた部分が欠けているので埋めようとしてるんです。
満たされた感覚がわかると、自分の飢えに気がつくという…
食欲みたいだなあ。

でもこうやって、だんだん自分にとって必要なこととそうでないことがわかってきた。
自分の状態に気がつくようになってきた。
4月に長野から戻ったときも『いままで何やってたんやろ』『どうでもいいじゃん』と思ったのですが、ほんとにやっぱりどうでもよかった(笑)
目の前の事象に理由なんてつける必要ないし、原因探しなんてどうでもいい。
情報で埋めなくてもよいってこういう事なんでしょう。

なんかほんとに、最初から最後までおいしいものづくしの10日間でした。
満腹満足。行ってよかったです。
そして、また行きますよ。

--おわり--