社務所をあとにして真っ先に立ち寄ったのは、滝です。
奥社に登る傍らに、小さな滝があったんです。
行きしなに見かけたとき「いいね~! 帰りに寄ろう!」って決めていたのですよ。
流れる水音と新緑がとても美しく、また立ち寄る人も少なくて実はこっちの方がじっくり落ち着いて楽しめました。
今度はこの流れとともに下っていく行程になります。

途中で小さなお社を見つけました。
参道から細く分かれた道で、誰もお詣りしてないけれどなんか気になったので
「行こう」
傍の石碑に「飯綱大明神」とあります。

戸隠に向かう道路標識に「飯縄山(または飯綱山)」というのがしょっちゅう出てきます。
友達に
「なんて読むのかなあ」
といわれ
「いづなだよ」
といったのですが、フリガナは「iizuna」でした。
あり~~??
管狐のイヅナ信仰のイヅナじゃないの??

どうも、戸隠山の東にある飯縄山など地名の表記が「飯縄」「飯綱」混在で一定してないようです。読み方も同様。
戸隠神社が宗派の争いや戦乱、廃仏毀釈運動などを経てきた中で、何らかの縁で飯綱大明神が奥社の摂社になったのかな。
ここでは後ろに人がつかえていないのもあり、ゆっくりお詣りすることができました。
そのせいか、奥社で感じたよりもこちらの方が上半身がぬっくーくなり、ありがとうございます!

ぴかぴか

Wikiによるとスポットとして
「中社右手の滝、奥社参道杉並木、奥社摂社飯綱社、奥社拝殿内。
奥社拝殿右手の戸隠山を遥拝できる柵のある辺りは、
戸隠山から降りてくる爽やかな「気」を感じられる。」
とあげられていました。

飯綱社のお詣りのあと、沢に小さな橋が架かった箇所がありました。
橋を渡ると「旧講堂跡」があるという案内があります。
水と緑の絶好のスポットだけあってこの橋へ下りる人が何人かいますが、当然私たちも行くよ!

ここは本当に素晴らしいところでした。
わたし、ここに来れたことが一番よかったかも。
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思わず「はりつめた~弓の~~~~♪」と、もののけ姫を歌ってしまう光景でした。
苔むした岩に、木漏れ日と木陰がおりるなんて、初めて見た。
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橋から水面を。ちょっとぼけてたね。

橋を渡った先にあるのが、旧講堂跡です。
戸隠神社は明治時代以前は戸隠山顕光寺[奥之院]と称され、参道沿いに12の院坊がありその名残です。
礎石が残っていて、『ほんとにここで暮らしていたんだ』と思い知ります。
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写真でも日差しが強いのがわかりますが、この時ほんま暑かったです。
さすがにこの日差しの下では日傘、日傘プリーズとなり、先ほどの沢の木陰がいかに涼しかったことか。

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わたしは「神」って“人間の人間による、人間のために考えられた”システムだなと解釈しています。
特に唯一神教はそう感じる。
スピリチュアルなことを多少かじっていると「神」なるものがよく出てくるのですが、今回この戸隠で一番感銘を受けた沢の写真をじっとみていると、「神」って本当に人間のためだけのもので、ただそこに“在る”自然には全く関係のないことなのだなあと。
自然が、ただ自然に営むこと、それが全てであり、他は別に必要ないんだな…
つくづくそう感じるのです。

「神」を否定するのではなく、この自然を見ていると、自分にとってなにがあればいいのか。
ただそれだけなのだな、と訥と思います。
この件は最終日、新大阪駅で感じたことに続きます。

つづきます